◆◆◆ 漬け物の歴史 ◆◆◆ |
◆◆ 原始時代 ◆◆ |
人間は、海水から塩を取ることを覚え、そして食べ物の保存に塩が重要な役割を果たすことを知っていたので、塩を用いて野菜や肉類を貯蔵するようになったのは、相当古い時代であったことが容易に推察できます。 古い記録によると、今から2000年も昔の大和時代に、すでに塩漬けによる食品の保存が行なわれていた事がわかっています。 |
◆◆ 奈良時代 ◆◆ |
塩でナス・ウリ・モモなどの野菜や果実を漬けて寺院の僧侶の食用としていました。 |
◆◆ 平安時代 ◆◆ |
重要な副食として扱われるようになり、「延喜式」には、春にはワラビ・ナス・フキ・ウリなどを塩漬けにし、秋にはナス・ショウガ・カキ・ナシなどを塩・ 酒粕・もろみ・味噌などに漬けていたことが記されています。 |
◆◆ 鎌倉から室町時代 ◆◆ |
茶の湯や聞香の発達に伴い、漬け物が盛んに賞味されるようになりました。 漬け物(当時は味噌漬けにした漬け物だけ)が、「香の物」として茶の湯や聞香に用いられたのは、漬け物が味覚や嗅覚を一新する効果があったからです。 |
◆◆ 江戸時代 ◆◆ |
野菜の種類も多くなり、全国から多くの商人が江戸に集まるようになり、漬け物の調味や作り方に工夫をこらすようになりました。 漬け方も単に野菜の貯蔵のみを目的とする域から一歩向上して、当座漬け・一夜漬けなどの方法も研究され始めました。 この時代に出来た「たくあん漬け」は但馬の国出石(兵庫県)の人で、後に江戸品川の東海寺を開いた沢庵和尚が始めたという説と、沢庵和尚の墓石の形が「たくあん漬け」の重石に似ているからという説、また「貯え漬け」から“たくあん”になったという説の色々ですが定かではありません。 江戸中期には、江戸大伝馬町では10月19日(夷講の前夜)に漬け物市が開かれ、そこには大根のべったら漬けが売られ、以後今日までそれが続き、今では日本橋の小伝馬町にある恵比寿神社で「べったら市」が開かれ、歳時記のひとつとなっています。 |
◆◆ 明治時代 ◆◆ |
東京など都市近郊の農家では、たくあん漬けや奈良漬けが重要な副業となり、これが大正・昭和にかけて漬け物製造業へと発展していくことになります。 近年においては、特に健康に重点が置かれており、低塩化された漬け物やキムチなど、また乳酸菌を含む漬け物に関心が持たれる傾向が見られるようになっています。ところで名古屋市郊外には、日本でただひとつと言われる漬け物の神社があります。 愛知県海部郡甚目寺町の新川のほとりにある萱津神社です。 ここでは毎年8月21日に漬け物の祭礼が行なわれています。昔このあたりは海に近い土地で海水から塩が作られていました。 一方土地は肥沃で野菜類もよく取れ、毎年塩と初物の野菜が神に供えられました。 今でも8月21日の祭礼には各地から漬け物業者が集まり、漬け物や大根などの野菜が奉納されます。 |
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